醤油の歴史はどうなっているの?身近な調味料のルーツを詳しく解説
お刺身やおそば、てんぷらっておいしいけど、お料理に使われている醤油っていつごろから日本で使われて来たんだろう?

日本人におなじみの料理にはつきものの調味料と言えば醤油ですね。醤油を毎日目にしない人はいないほどでしょう。筆者も醤油を使った料理は大好物です。

外食の時や家庭の食卓でも見慣れている醤油は、いったいいつ頃から日本で使われてきたのでしょうか。本記事を読めば醤油の発祥やその歴史についてわかります。

醤油の歴史:起源について

醤油の歴史:起源について

醤油の発祥の地はどこ?

諸説ありますが、醤油の発祥の地は古代の中国が有力な説です。食品を塩に漬けたものを「醤(じゃん)」と呼び、現在食べられている味噌や醤油の元になったと言われています。

紀元前700年頃には中国の書物に「醤」が載っており、当時すでに醤油の元となる食品が作られていた歴史ことがうかがわれます。

中国では「醤」が発達して今の豆板醤や甜面醤など様々な調味料になりました。実は日本人にはあまり知られていませんが、中国にも日本の醤油のような調味料があります。

日本人だけでなく世界中のシェフや料理好きの人たちにも、醤油は日本で作られたとのイメージが定着しているようです。醤油にとっては中国が生みの母で、日本が育ての母といったところでしょうか。

醤油の日本での発祥は?

日本の歴史上で醤油が発祥したのは約2000年前の弥生時代と言われています。中国から渡来したことから「醤」の字が当てられ、「醤(ひしお)」の名前で書物に登場しています。

食品を保存するには塩に漬けるのが普通で、どの素材から作られてもすべて「醤」と同じ名前で呼ばれていました。日本でも歴史的・伝統的に肉や魚、野菜を塩漬けにして保存していましたが、大豆などの穀類から作られたものは、中国から渡来した醤の意味で「唐醤(からびしお)」と呼ばれて区別されていました。

醤油が液体の調味料になったのはいつ?

古代の日本で作られていた醤油は、味噌と醤油を混ぜたような、どろりとした濃厚な食べ物だったようです。固体に近い食べ物が液体の調味料になったのは鎌倉時代だと言われています。

一説では禅僧の心地覚心(法燈円明国師)が宋の径山寺(きんざんじ)で修行をし、「径山寺味噌」と呼ばれる『なめ味噌』の作り方を持ち帰ったのが起源とされています。

夏野菜を保存する方法として作られていたなめ味噌は、野菜から出た水で上澄みや底に液が溜まるのが悩みの種でした。

そのままではカビなどの元になるため初めは捨てていた液が、食べてみると非常においしいことに気づいたのです。「たまり醤油」はこのおいしい液を起源として作られるようになったと言われています。

長い歴史を持つ伝統の径山寺(金山寺)味噌

径山寺味噌は現在では「金山寺味噌」の名前で流通していることが多いようです。

なぜかというと径山寺味噌の作り方を日本に広めたのは覚心ではなく、空海(弘法大師)が中国の金山寺から持ち込んだとする説があるからです。

歴史的にはどちらが本当かはわかりませんが、径山寺味噌は和歌山県や千葉県、静岡県で作り続けられ、伝統の味を今も守っています。

漢字の「醤油」にはどうして「油」が入っているの?

しょうゆを漢字で「醤油」と書きますね。「油」の字が入っているのはどうしてなのでしょうか。

もともと「油」という漢字はオイルの意味ではなく「どろどろした液体」を表したものです。醤油は元々は味噌と醤油を混ぜたようなどろりと濃厚な食べ物だったため、「油」の漢字が当てられたと考えられています。

また、「醤」は「将」と「酉」が組み合わさった漢字です。「将」は肉を手にもってささげる様子を表し、「酉」は酒を表しています。二つを組み合わせると「肉を発酵させたもの」の意味があります。

醤油の歴史:時代の経過と醤油の発展

醤油の歴史:時代の経過と醤油の発展

醤(ひしお)の誕生~縄文・弥生時代

日本では醤油の元となった「醤」は2000年前の縄文時代の遺跡から発掘されており、当時すでに大豆が作られたり加工されていたと考えられています。

弥生時代には醤の文字が書物の中に初めて姿を現しました。歴史の教科書でおなじみの日本で初めての本格的な法律「大宝律令」の中に「醤」のことが書かれています。

大宝律令によると当時上流階級の人たちのための食品として、醤を作る役所が作られていたことがわかっています。上流階級の人たちだけが口にできる庶民には手の届かない物だったのでしょう。

宮中で使われた贅沢品の醤~奈良・平安時代

歴史的に弥生時代から1000数百年経過した奈良時代になっても、醤は上流階級の人や官職に付いている人たちだけが楽しめる贅沢な食べ物でした。

醤はその頃はまだ味噌と醤油を足したような、どろりと濃厚な食べ物だったと言われています。調味料というよりはそのまま酒の肴やおかずとして食べるのが一般的でした。日本では古くは動物から作られる肉醤や魚醤が多かったようです。

奈良時代から平安時代になると中国からの仏教の伝来で、お寺を中心に肉を食べることが禁じられるようになりました。そのため次第に肉や魚から作られる醤の生産は減り、大豆や穀類から醤を作ることが盛んになってきたと言われています。

溜(たまり)の誕生~鎌倉時代

鎌倉時代は醤油の歴史の転換期で、醤油の製法に一大革命が起こります。

それまで味噌と醤油の混ざったような濃厚などろりとした食べ物だった醤から、液体の醤油のもとになる新たな調味料が作られるのです。禅僧覚心が宋の径山寺(きんざんじ)に修行に行き、日本に帰ると径山寺味噌の作り方を伝えたのがその起源です。

味噌の上澄みや底にたまった液がおいしいことに気づいた人々は、あえて味噌の水分量を増やして調味料として利用することを考え付きました。このおいしい液体は「溜(たまり)」と呼ばれ、「たまり醤油」の原型になったと伝えられています。

溜に醤油の名前が付けられる~室町・安土桃山時代

室町時代には技術が一歩進み、「たまり醤油」がお店で作られるようになりました。

関西で商売として醤油を作る人たちが現れるようになったのです。「醤油」の名前もこの頃に作られたとされ、安土桃山時代に出版された書物に初めて「醤油」の語句が載せられました。

しかし生産量は増えたものの作るのに手間のかかる醤油はまだまだ貴重品として扱われ、貴族や高級な武士、お金持ちしか自由に食べられない贅沢な調味料だったようです。

たまり醤油からさらっとした醤油へ~江戸時代

江戸時代は醤油の歴史の2度目の転換期と言えます。それまでのどろっとしたたまり醤油が新たな変化を遂げ、現在とほぼ同じさらりとした液体の「濃口醤油」が作り出されたのです。

「たまり醤油」は大豆と塩を発酵させて作るのに対し、「濃口醤油」は大豆と小麦を半々に混ぜ、それに塩を入れて発酵させて作ります。小麦を混ぜることで、それまでのどろりとした濃厚な液体からさらっとした香りと風味のよい醤油へと進化しました。

初めは関西からはるばる送られてきた醤油が多かったものの、江戸時代中期以降には江戸近郊で江戸の人たちの好みに合った濃口醤油が優勢になってきました。

そばや寿司、うなぎのかば焼きなど江戸っ子になくてはならない食文化が花開いていったのは、醤油があったからと言ってもいいでしょう。関西では濃口醤油より塩分が多く香りの高い「薄口醤油」が作られるようになり、関西と関東の嗜好の違いは江戸中期以降から生まれたと言います。

近代日本と醤油の歴史

近代日本と醤油の歴史

まだ高級品だった醤油~明治時代

江戸時代には各問屋ごとに手工業として作られていたものが、明治時代になって近代化により大規模な工場で作られるようになってきました。欧米の知識や技術がもたらされ、醤油の分析や製造法の研究が進んでいきました。

都会では庶民も調味料として醤油を口にしていましたが、農村や漁村ではたまり醤油や魚醤を利用することが多かったようです。日本全国に広く醤油が普及するのにはまだ時間がかかりました。

一般家庭に調味料として普及~大正時代

大正時代に入ると第一次世界大戦のもたらした好景気で、それまで贅沢品と言われていたものが一気に庶民に広まっていきました。

醤油も例外ではなく、歴史上この時代に醤油が一般庶民に広く普及していったと言われています。企業の合併や吸収も進み、近代的な設備の大工場で作られるようになった醤油は、大量生産されるようになったのです。

戦後V字回復した醤油~昭和時代

昭和に入り第二次世界大戦が起こると、それまでの好景気が嘘のように物資が何もかも不足するようになりました。醤油も例外ではなく、配給制で細々と人々に分けられていました。

戦後数年はこの状態が続いたものの、GHQの統制が終わると徐々に醤油産業は復活をとげていきます。

昭和30年には新しい技術が導入され、それまで1年以上かかっていた醤油づくりが半年から早いものは3カ月くらいで生産されるようになりました。戦後の高度成長期に入り、ますます生産量を増やした醤油産業はまさにV字回復を果たすのです。

本醸造醤油が見直される~平成以降

平成時代に入ると、食の多様化や欧米化によって醤油の消費量は徐々に減少してきました。

また健康志向で食事が減塩傾向にあり、減塩醤油の発売など醤油の種類も多様化してきました。伝統的な作り方で生産される天然醸造醤油を見直す動きもあり、売り上げを伸ばしています。

醤油自体は売り上げを減らしているものの、醤油を原料に使っためんつゆや味付きのたれの人気が上がっています。消費者の好みも様々で、お店にはたくさんの種類の醤油や醤油の加工製品が並ぶようになりました。醤油の歴史に新たな風が吹き込まれた時代だといえるでしょう。

まとめ:醤油は歴史の深い調味料

醤油は古くから日本人に愛され、今では食卓になくてはならない調味料です。海外旅行に行くと醤油味の食べ物が懐かしくなる人も多いのではないでしょうか。

中国から渡来した後、日本で独自の進化を遂げた醤油の文化は江戸時代に花開き、今では醤油と言えば世界でも日本独自の調味料といわれるようになりました。

お店に行けば棚には様々な種類の醤油が並んでおり、いろいろな味が楽しめるようになってきました。ぜひ醤油のおいしさを再発見してみてください。

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